大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和62年(オ)1568号 判決

上告人

検事総長前田宏

右補助参加人

甲野春男

右補助参加人

甲野秋男

右二名訴訟代理人弁護士

設楽作巳

被上告人

乙川太郎

右訴訟代理人弁護士

小川恒治

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告補助参加人代理人設楽作巳の上告理由第一点及び第二点について

親子関係は身分関係の基本となる法律関係であり、認知に係る親子関係が真実に反するときは、認知によって生じた法律効果について存在する現在の法律上の紛争の解決のために、被認知者には、当該親子関係が存在しないことを確認することについて法律上の利益があるから、認知者が死亡した後であっても、認知無効の訴えの提起を許容することが相当であり、この場合において、認知無効の訴えの相手方たる地位は、婚姻の無効又は取消しにおける相手方の地位と同様に、一身専属的なものであって承継の対象とならないので、人事訴訟手続法二条三項の規定を類推適用して、認知者が死亡した後は検察官をもって相手方とすべきものと解される。したがって、認知者が死亡した後においても、被認知者は検察官を相手方として認知無効の訴えを提起することができると解するのが相当であり、以上の解釈と異なる大審院判例(大審院昭和一六年(オ)第四七二号同一七年一月一七日判決・民集二一巻一号一四頁)は、変更されるべきである。

そうすると、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大内恒夫 裁判官角田禮次郎 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖 裁判官大堀誠一)

上告補助参加人代理人設楽作巳の上告理由

第一点

原判決には、認知無効請求事件における被告適格について、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があり破棄されるべきである。

一 本件の訴は、被上告人(第一審原告)が認知者伊藤伊三郎の死亡後に検察官を相手方(被告)として訴を提起しているが、人事訴訟手続法はこのような場合の相手方(被告)たるべき当事者につき何等の規定もないので、同法は、認知者死亡後の認知無効の訴提起を認めていないものというべきであり、従って本件の訴提起は当事者適格を欠き不適法である。

二 第一審判決は、本件につき同法第二条第三項を類推適用するとして本案判決に及んでいるが、その根拠を明示していないばかりか、次項に述べるごとく類推適用を認めることができないので第一審判決は違法である。

三 原判決は、本件の訴につき同条項の類推適用を認めているが以下に記載するとおりその理由が認められないので原判決は違法である。

1 原判決は、その理由として「認知によって生ずる親子関係に基づく諸関係は、当事者が死亡してもなお残存するから身分関係の基本となる父子関係について戸籍に真実と異なる認知の記載がなされた場合には認知者である父が死亡した後でも生存する子その他の利害関係人にとっては、それによって生じた法律上の紛争を解決するために身分関係の確定を求め、また、戸籍の記載を訂正して真実の身分関係を明らかにする利益と必要性が認められ……云々……」(原判決書四丁裏ないし五丁表)としている。

しかしながら、

(1) 右理論は過去の法律関係の確認の訴を肯定する見解に基づくものと思料されるが、わが国の判例は大審院以来今日まで過去の法律関係の確認の訴については確認の利益がないものとして認めていない。その理由の第一は過去の事実関係、ことに現在より時間的に距離のあるものほど証拠は既に多く喪失し、かつ、証拠として訴訟上提出されるものについても、その信憑性を容易に決し得ないことが多いからである。まして本件は五七年以前に行われた認知の効力が問題とされているのであり、認知者が死亡してからだけでも二六年が経過し、かつ、第一審原告の父かどうか問題とされている者もすでに死亡しているところ、認知当時の証拠は全く散逸し、単に第一審原告の母が生存するのみであって同女の証言の信憑性も決し得ない状況にあることからみて、本件の如きはまさに確認の利益のない訴というべきである。

その理由の第二は、過去の事実関係に基づいて今まで法律上認められていなかったところの新たな身分関係を新たに認めるということは、その判決の効果が当該訴訟当事者以外の第三者にも及ぶこととなり、第三者は予期しない身分関係を生じたことにより当惑を感じ、更に衝撃を受けることとなるから、過去の身分関係の存否確認の訴えについては自ら一定の制限があるべきであり、この点からみてこの種の訴につき同条項の準用を認めていない同法の立場には合理的理由があり、従ってまたその類推適用も認められないというべきである。

(2) なお、原判決が類推適用を認める根拠として戸籍法上の戸籍の訂正の理由と必要とを問題としているのなら、それは戸籍訂正のため確認判決が必要であることを前提として確認の利益があるとするものであって本末顛倒である。

2 次に原判決は、類推適用を認める理由として「認知無効の訴は人事訴訟手続法が当事者の一方が死亡した場合、検察官を相手方として提起し得る旨定めている婚姻もしくは養子縁組の無効又は取消の訴や認知の訴(同法第二条第三項、第二四条、第二六条、第二七条、第三二条)及び同法第二条第三項の類推適用が認められる親子関係存否確認の訴(最高裁昭和四三年(オ)第一七九号同四五年七月一五日大法廷判決・民集二四巻七号八六一頁参照)と区別する合理的理由は存しないから、子その他の利害関係人は人事訴訟手続法第二条第三項を類推適用して検察官を相手方として認知無効の訴を提起し、その訴訟を追行することができるものと解するのが相当である。」(原判決書五丁表裏)としているが、右見解は誤りであって違法である。

すなわち、

(1) 同法の規定を仔細に検討すると、婚姻の無効の訴等(婚姻の取消、養子縁組の無効又は取消の訴等を含む)は、婚姻という形式的行為のほか当事者の意思が重要な要素となっていることから、当事者の一方の死亡後にその無効等を争う必要がある場合、特に同法第二条第三項又はその準用規定によりその訴の提起を認めたものと解すべきところ、認知無効の訴もやはり認知者の意思が重要であるから、準用規定がない以上は認知無効の訴につきみだりに類推適用を認めることはできないというべきである。

(2) また、同法第二条第三項の準用が認められている認知の訴と認知無効の訴とはその訴の性格及び民法上の取扱の違いがあることからみて、両者を区別すべき合理的理由がある。すなわち、前者は身分関係を新たに創設する形成の訴と解すべきであり、民法第七八七条は認知の訴の出訴期間を父又は母死亡の日より三年内にこの訴を提起すべきものとし、この期間を徒過すればもはや訴の提起により認知を求めることはできないとしているが、これは一定の期間が経過したのちは、真実の身分関係も度外視されることを示すものである。これは単に親子関係の存否という生物学的問題のほかに、認知者の認知という主観的行為が認知の場合に特に重要な要素とされているからである。もし、このように理解しなければ親子関係の存否の訴のほかに認知の訴を制度上認める理由がないことになろう。

そうだとすると、認知無効の訴も認知者死亡後は、その認知意思の有効・無効を判断することが不能となるため、同法は真実の身分関係を度外視することとし、認知無効の訴につき同法第二条第三項の準用を認めず、従ってまたその類推適用も認めないものと解すべきである。

(3) 次に原判決は、認知無効の訴と前記大法廷判決が同条項の類推適用を認めた親子関係存否確認の訴とを区別すべき合理的理由がないとするが、この見解も誤りである。もともと右の大法廷判決自体も同判決中の多数の反対意見の理由やこれまでの判例の傾向を無視した点などからみて不当な見解であると思料するが、仮に右判決が正当であるとしても以下の理由により、原判決におけるこの点に関する判旨は誤っている。

すなわち、親子関係存否確認の訴は単に生物学的に当事者間に親子関係があるかどうかを確認するだけの訴訟であるのに対し、認知無効の訴は親子関係や表面にあらわれた形式的・外形的行為のみならず、むしろ認知者の認知という主観的要素が重要なのであり、この重要な要素を土台として行われた極めて一身専属性の強い身分法上の法律行為の効果の無効を争うのであるから、この点で両者の訴には本質的差異があり、これらを区別すべき合理的理由があるものというべきである。

四 以上のとおりであるから、被上告人はその身分法上の変更を求めるのなら、人事訴訟法上の準用又は類推適用が認められないところの認知者死亡後に検察官を相手方とする認知無効の訴によるべきではなく、親子関係存否確認の訴によるべきであり、右訴の提起によりその目的を十分に達成し得るものと解されるから、本件の訴提起はその出訴の方法を誤っており、訴の利益がないものと思料する。

第二点

原判決及び第一審判決は、大審院以来の判例に違反する違法・不当な判決であるからいずれも破棄し、訴を却下又は請求を棄却すべきである。

一 認知者死亡後の認知無効の訴については、大審院の判決は一貫して訴の提起を認めず請求を棄却しているが、特に昭和一六年(オ)第四七二号同一七年一月一七日大審院第三民事部判決、民集二一巻一四頁の判決は、子より提起する認知無効の訴と認知者の死亡につき、「子より提起する認知無効の訴は認知者死亡後においては之が提起を許さざるものとす」と判示し請求を棄却しているところ、本件の原判決及び第一審判決は右判決に抵触し、本件の訴を適法としているので、判例に違反することが明白である。

二 右の大審院判例の要旨は、「人事訴訟手続法において子より提起すべき認知無効の訴においては相手方たるべき認知者死亡後は検事(検察官)を相手方とすべき旨を定めず、かつ、婚姻の無効又は取消の訴において相手方とすべきものが死亡したる後は検事をもって相手方とすべき旨の同法第二条第三項の規定を養子縁組の無効若しくは取消の訴につき準用したるに拘らず同法第三九条(現行法第三二条)において認知の無効若しくは取消の訴につき特にその準用より除外したるにかんがみるときは、子より提起する認知無効の訴は相手方たる認知者死亡したる後は被告たるべき適格者無きものとして之を提起するを得ざる趣旨なりと解せざるべからず。蓋し婚姻又は養子縁組は法定の形式を履みたる当事者の意思表示に因りなすをもって足れりとするも認知に付ては形式を履みたる認知者の意思表示の外に認知者と子との間に血縁関係の存在することを要し事実上かかる関係の存在せざるにおいては子其の他の利害関係人は認知の無効を主張し得べくしかも右の如き血縁関係の有無は認知者自身を相手方とするにおいて始めてよく真相を探究し之を確定し得べきものなるをもって認知無効の訴訟は婚姻又は養子縁組無効の訴とは別異に之を取扱うをもって正当と做し特に前述の如く法規の準用をなさざりしものと解すべきをもってなり(昭和一四年(オ)第一四三三号同一五年七月一二日当院判決参照)」としている。

ところで、右判例の要旨は、

1 現行法上も右見解の変更の理由も必要もないから、維持されるべきであること

2 右判例以降、人事訴訟手続法は数回にわたって改正され、かつ、現行民法が施行された以降も同様であるのに、現行人事訴訟手続法第三二条等において認知無効の訴につき同法第二条第三項の準用を規定せずそのまま放置してあるのは、立法上も右判例の要旨を是認しているものと思料されること

3 大審院以来の判例はたやすく変更すべきでなく、その変更には何人も肯定できる理由が必要であると思料されることなどの理由により、右判例の要旨は是認されるべきであるところ、右判例の要旨に加えて前記第一の三に詳説した理由などにより、右判例の判示結果は現在も維持されるべきであるから、原判決及び第一審判決は違法・不当であり、いずれも破棄されるべきである。

第三点〜第五点〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例